2006年02月19日

毒を撒き散らす保守系リベラル派。

保守系リベラル派は左翼同様に時には権力の中枢にいることもあるので、左翼以上に毒を撒き散らす。その解毒処理に保守系の人々は奔走する。以下なんちゃって年表
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

1975S50.8.15靖国神社「私的参拝」発言(三木武夫首相参拝時)
→憲法論議を招来する
→以後、天皇陛下の参拝なくなる

1980S55.11.17奥野法相発言に関する政府統一見解(宮沢喜一官房長官):国務大臣としての資格で靖国神社に参拝することは差し控えることを、一貫した方針としてきた

1985S60.10.19中曽根首相の恒例の秋の例大祭参拝見送りが発表

1986S61.8.15中曽根首相靖国神社公式参拝見送り

1991H3.8.11「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く」(朝日新聞)

1992H4.1.13「従軍慰安婦の募集や慰安所の経営等に旧日本軍が何らかの形で関与していたことは否定できない」(加藤紘一官房長官)

1992H4訪韓時「筆舌に尽くしがたい辛苦をなめられた方々に衷心よりお詫びし、反省したい」(宮沢総理)

1992H4.7.6「朝鮮半島出身のいわゆる従軍慰安婦問題について」公表(内閣官房外政審議室が主担当)

1993H5.8.4「慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話」(内閣官房長官河野洋平)

1993H5.8.9〜1994H6.4.28細川護熙内閣=謝罪外交
※細川首相は元朝日新聞社員

1995H7.6.9戦後50年国会決議が採択(於衆議院)=「植民地支配と侵略的行為」を世界中に謝罪

1995H7.8.15「戦後50年に当たっての首相談話」(村山富市首相)=無条件謝罪主義の極限
※社会党の人間を首相にするなど正気の沙汰ではない。

1996H8.8.15「おわびの手紙」(橋本龍太郎首相=この人はリベラル派ではないな)


 全てのリベラル派が日本の歴史に禍根を残す訳ではないのだろうが、三木武夫、宮沢喜一、加藤紘一、河野洋平、細川護熙は日本国民に耐えがたい屈辱を与える原因をつくった。この人達は、左翼以上にきけんである(あった)。
 半世紀以上も前の戦争を戦争の当事者でもない後世の人間が謝罪したり断罪したりするのはおかしい。この人達は、自分の個人の価値観をその貧弱な価値観を国政に持ち込んでしまったのだ。そして、国民に現在のような屈辱を与え、彼らが引き起こした問題の尻拭いをさせているのだ。


追加雑感
 中国政府の批判により中曽根首相(当時)が靖国神社参拝を取りやめたのは、致命的な間違いであった。その結果は目的であった趙紫陽氏の立場はそれによっては回復せず(趙紫陽氏失脚。現在も名誉は回復されない)、更に、中国に内政問題であった靖国問題に介入させる決定打になり、以後首相の公式参拝は中国の内政干渉により不可とされてしまったのである。
posted by ウブドちゃん at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事、思いついたこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。