2006年07月30日

首相候補としてふさわしくない人。

29日の自民党広島県連政治資金パーティー(広島市内)に谷垣財務相は出席し、中川政調会長が「格差にもフェアな格差とアンフェアな格差がある。プロ野球の1軍の選手と2軍の選手が給料が同じでなければならない、ということはない」と述べたの対し、「日本丸の行く末は、決して格差のある社会、弱肉強食の世界であってはならない」と語り、格差の拡大に歯止めをかけるべきと強調した。

私はこの人を評して、嘘で国民を騙し、この国を売る人物であるとみる。この(資本主義)世界は弱肉強食の競争社会であって全ての人間が平等な生活を保障された社会主義国家ではない。自らの生活は自らの手でつくり守っていかねばならないのが基本原則である。しかるに、この人はあたかも国が国民の生活を保障するとでもいうようだ。これでは、社会主義ではないか?本来、生きることはサバイバルなのだ。だからこそ、そこで生き抜くために人類には知恵があるのだ。生きるための思考を停止して、国家に人生をゆだねるのはSFの世界だ。きっと、将来コンピューターで制御された誰もが幸福な生活が現実化されるに違いない。国民にこんなコンピューター仕掛けの幸福な社会は必要ないしこんな社会はけっして実現しない。そこにある現実をみれば、増大する社会保障や崩壊する年金制度。私にはこの現実が自分のことは自分で守れと示してるとしか思えないのだが・・・。政府や自治体はもっとスリムにならねばならないだろう。自分の生活や健康は自らが管理するのが当然なのだ。これが原則だ。我々この国の主人(あるじ)たる国民は国に管理されて人生を送るつもりはない。そもそも日本の教育は間違っている。教育はこの社会で生きる基本を教えることにある。しかるに、この日本の社会は資本主義社会であるのに学校において徹底的に資本主義について教育されることはない。ほとんどの学生は資本主義の歴史も仕組も理解などしてないのだ。そして、自由と平等についても同様である。この自由と平等と資本主義な社会の中でそれについて教育しないでどのように生きていけるのだろう?この社会でどのように生きるべきかを教えるのが教育である。日本にはその根本がない。この国の人間が路頭に迷い自殺者も多いのもうなづけるというものだ。
posted by ウブドちゃん at 01:53| Comment(3) | TrackBack(1) | 時事、思いついたこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「真の平等とは差をつけることである」と言う先哲の言葉があります。勿論精神的・肉体的弱者に対してはそれなりの手は差し伸べる訳ですが、努力した人が報われ評価されてこそ人間社会の生きる力ですね。
Posted by カピタン at 2006年07月30日 09:56
コメントありがとう御座居ます。
まったくその通りだと思います。国民一人一人が国になど頼らず自立して家庭を築くことが小さな政府の第一歩であるし、原則で、であればこそ、政府を監視できるし、社会的弱者をサポートできるものと考えます。夢の無い社会では我々は生きてはいけないのです。
Posted by ウブドちゃん at 2006年07月30日 22:30
TB有難うございます。
平等などという美名を使う者ほど特権を好むようですね。平等はあくまでも機会が平等であって、それを活かすかどうかは個人の努力次第でしょう。このような美名に隠れての発言は偽善と言うほかありません。
まだまだ戦後GHQのニューディーラーたちの左翼思想に犯されている輩が、与党にまでも居ることが問題でしょう。今後はこれらの徹底排除が大切に思います。
Posted by 小楠 at 2006年07月31日 11:37
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朝日の次の御輿は谷垣
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Weblog: やじざむらい的日々雑感
Tracked: 2006-07-31 08:01
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