2005年10月11日

謝罪と責任

『謝罪と責任』
『謝罪』について”欧米やアジア諸国(特定だけではなく)”と日本では言葉の意味が違う。欧米やアジア諸国では、謝罪した人は、謝罪された人に責務を負うことになる。日本ではこれと反対に謝罪すれば悪いことは「水に流されて」わだかまりは解消する。例えば、交通事故に於いて欧米人は、双方とも自らの過失を認めない。「悪かった(アイムソーリー)」とは言わない。なぜなら、謝ればこの紛争に負けて、当該交通事故による損害額を全て負担しなければならないから。だから絶対に謝らない。日本なら、早い段階で謝れば「誠意がある」ということになって賠償額もまけてもらえるかもしれない。だからすぐ謝る風潮がある。このような認識があるからこそ、肩を突き合わせたくらいですぐ「謝る」アメリカ人が交通事故においては絶対に謝らないのである。

(上記『日本国民に告ぐ』小室直樹著クレスト社出版の要約)

以下 上記からの私のまとめ
〈国際社会においては謝罪の意味が日本人の考えているものとは全く違うことを日本政府は認識しなければならない。国際社会においては謝罪などしてはいけないのである。謝罪をすることはその責任を(全て)負うことなのであるから。いくら誠実に謝罪などしても責任を軽減など国際社会はしないのだ。〉
posted by ウブドちゃん at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事、思いついたこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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